井田速美

今回登場する井田さんは、梨を作っている農家の方です。
なんだか生きづらい世の中で、
「この道は危ないな」って思っていても、
とりあえず大きな流れに身を任せてしまう…。
そんな方は多いと思います。
「ちょっぴり不安だけど、自分の道を進んでみよう!」
少しずつ、少しずつ…。
迷っている方の背中を軽く押してくれるお話です…。

人物図鑑インデックス

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名前 井田 速美
職業 農業
 
 

第2回 はみ出すために必要なこと

イ:前回、「作るものが時代とともに移り変わる」というお話がありましたが、そうなると「次に何を作るか?」という見極めが重要になりませんか?

井:それは、みんなわからないと思いますよ。今は農家をとりまく環境が非常に厳しくなってきていて、何を作っても儲けにならない時代ですから…。

イ:そういう厳しい環境を生き抜くためには何が必要なんでしょうか?

井:これから農家が何とか食べていくためには、自分が作ったものの大部分を自分で売る力が必要でしょうね。

イ:「何を作るか」というよりも、「どうやって売るか」ということですか…。農家には売る力がないんですか?

井:それがないからJAに頼らないといけないんです。頼ると生産のための費用がいろいろとかかる。手間とコストがかかって不安定な仕事なら、若いうちからどこかの会社に勤めた方がいいですよ(笑)。そうなると、儲からないから後継者が育たない…となりますね。

イ:でも、自分で売り先を見つけるとなると、それもまた大変な話じゃないですか。

井:大変ですけど、環境も変わってきています。私の親の時代には、物を作っても売り場がなかったんですよ。せいぜい自転車に積んで販売に回るぐらいでしょう。そんな時代は、挑戦しようとしてもやっていけなかった。でも、今は違います。

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イ:それは売り場ができたことが大きいんですか?

井:販売は主に家内が担当していますけど、直売店の他にも販売ルートがあります。お客さん自らが来るところに商品を納めれば利益も残ります。

イ:でも、販路を確保したとしても、他の農家の方と競合するわけですから、結構大変なんじゃないですか?

井:だから「どうしても自分で販売したい!」という気持ちが大切でしょうね。私はその気持が強いです。我慢できないから…。はみ出し者ですね(笑)。

イ:生産者にとっては、JAに依存するのもリスクがある。だけどそこから出るのもまた怖い。そこからはみ出すには何が必要なんですか?

井:技術が一番大事ですけど、その他に経理、販売の知識なども必要です。私の経験では、普通の農家でそういう事までできる人は少ないですね。

イ:なぜできないんでしょうか?

井:たとえば、若い者を誘って経理や生産技術を一緒に学ぼうとしても続かないんですよ。「自分に合わない」とか言って継続できない…。

イ:「現状でもなんとかやっていけるから、それでいい」ということなんでしょうか…。それは昔からですか?

井:そうです。たとえば30年ぐらい前、選果場がパソコンを導入しようとしていたので、担当者に「パソコン教えてもらえないか?」とお願いしたことがあります。「何を教えればいいの?」って聞かれるんですけど、そもそも何を教えてもらえるのかがわかりませんでした(笑)。

イ:パソコンが普及する前の話ですから、それで何ができるのかもわからないでしょうね…(笑)。

井:でも、暇だったのか、いろいろと教えてくれましたよ(笑)。

イ:そこでどんなことを学んだんですか?

井:経営です。

イ:経営?

井:減価償却とか簿記の流れを教えてもらいました。でも、初めてのことだからよくわからない。当初は仲間を10人以上集めましたけど、結局残ったのは2人でした。他の人たちは「意味がない」って来なくなりましたね。

イ:「意味がない」というのはどういうことですか?

井:損益分岐点とか減価償却とかいろんなことを学んでも、「自分たちの目先の仕事には何の役にも立たない」ということですよ。人をいっぱい引き込んで出会いを作っても、長い目で見て学ぶというのは難しいものです…。

イ:よくわからない何年か先のことを考えるより、今のことが大切という気持ちはわからないでもないです。たぶん「将来の絵がきちんと描けない」という不安もあるんでしょうね。

井:でも、農業の将来は、いろんな人と出会って話を聞く中で見えてくるところもあるんです。私も、初めの頃は農家の全国大会などに参加して勉強していました。それを続けていくうちに「あ、これは自分たちがやってきたことだぞ」って、自分がやっていることの確認のために行くようになってきたんですよ。

イ:「やってきたことを検証する」ということですか。

井:そうです。「自分がやってきたことが間違いなかったな」という確認です(笑)。

イ:じゃあ、相当先を行っていたんじゃないですか。

井:それはわからないですけど、当時トヨタが「30年先を見据えろ」って言っていましたし、大阪の市場に見学に行った時は「20年先を見ないといけない」とか話す人がいましたからね。とにかく先のことをいろいろと考えて行動するようにはしていました。

イ:それは何年くらい前の話ですか?

井:30年ぐらい前ですね。その頃からいろんな人と付きあうことが多くなって、さまざまなことを試しました。たとえば、梨の棚には鉄線を這わしているんですけど、これはうちが県下で一番早かったです。親父が中心でやったんですけど、長野県から6、7人くらい職人さんが来て、泊まり込みで作ったんですよ。土地を買って梨や柿を植えたりするのも早かったですね。

イ:進取の気質も受け継がれるものなんですね(笑)。

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イ:井田さんは、現在ご自身で作ったものを自ら販売されていますけど、以前は作った梨を選果場に持ちこんでいたんですよね。

井:そうです。収穫して選果場へ持って行くと、他の農場のものと混ざってしまって、誰が作ったのかわからないまま出荷されてしまいます。

イ:生産者の顔がわからないまま消費されるわけですか…。

井:選果場は、基本的に形とか見た目の綺麗さで選別してしまいます。以前そこで選果していて、「なんでこの味のいいやつの階級を落とすんだ」っていう気持ちはすごくありました。

イ:自分の自信作が、その他の梨と混ざって出荷されるというのは切ないですね…。

井:せっかく丹精込めて作ってもね…。肥料も自分の好みのものを使って、もっといい梨を作りたいじゃないですか。

イ:作る過程にも何か制約があるんですか?

井:自分としては、いろいろな資材を使ってみて、違った味の個性のある物を作りたいという思いがあるんですけど、JAは他の業者から買うといい顔しないんですよ。

イ:JAの力はかなり強いんですか?

井:いや、問題なのはJAの力が強いということより、JAから離れられない。自分に売る力がないということですよ。

イ:「売る力」…。

井:昔はライバルがいなかったから、作ったら売れる時代だったんですけど、国内外で競合が増えてきたから、なかなか市場に出しても売れないようになってきています。だから「売る力」が必要なんです。

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イ:販路を作ることはすごく難しいことだと思いますが、他の方はあまりやらないことなんですか?

井:時間をかけて辛抱ができないってことはあるんじゃないですか。私の場合、3年くらいは市場に出していましたけど、小売業者がうちの梨を市場で買って安く売るんですよ。それが自分の梨だってわかりますから、「こんな単価か…」って…。自分の作った物が安くなきゃ売れないってことが情けなかったですね。

イ:良い品質のものが売れないんですか…。

井:販売所ができて、そこで売れるようになってから徐々にお客さんに覚えてもらって、次第に増えていくものなんです。販売所の数が多くなると、分散して卸せるようになってきて良い循環が生まれてきます。

イ:販売所も、良いもので売れそうなものが優先されるんでしょうね。

井:スーパーも当然売れる商材を望んでいます。売れない物は撤退しないといけないんです。しかも、場所が狭い上にみんなが出したがる…。今は販路も多くなってきましたけど、お客さんにサッと買ってもらえるようになるまでには、やはり3年はかかりますね。

イ:ファンが付くまでに3年ですか…。

井:「井田農園の梨だったら安心。食べても間違いがない」って言われるまでにはそれぐらいかかりますよ。

イ:先ほど「奥さんが販売を担当している」という話がありましたが、それだけ長くやっていると、お客さんのニーズもつかめてくるんじゃないですか?

井:つかめてきます。たとえばスーパーで売っている梨の大きさは2L、3L程度までなんですが、家内は「大きい5Lを売ろう」「高齢のお客さんが大きなヤツを食べてみて、『こっちの方が美味しい』って話していた」って言うんです。大玉は値段が高いんですけど、置いてみるとこれが結構売れるんですよ。

イ:それはすごいですね。年配の方はお金も持っているでしょうし…(笑)。

井:そうしたら今度は贈答用などで梨を注文してもらえるんですよ。

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イ:それにしても、販路を定着させるためには長い時間がかかるんですね…。

井:「こういう状態がいつまで続くか」っていう感じでした(笑)。でもその時は一生懸命ですからね。お客さんの「美味しい」っていう気持ち、それがあったら時間がかかってもやれたと思うんですよ。とにかくできるまで時間をかけるっていうのが私のやり方です。

イ:でも、時間がかかると、ますます経済的には苦しくなるんじゃないですか。

井:初めから良かったわけではないしね(笑)。選果場に出していた時は、「とにかく量を採らなきゃいけない」ってのが頭から抜けなかった…。そっちの方が苦しかったですね。

イ:それは「質よりも量を意識する」ということですから、井田さんにとっては、相当苦しかったでしょうね。

井:今は、お客さんと直接触れあえますからね。それは生産者として大きな喜びですよ。

(取材/2013年8月20日)

井田農園
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