むかしのぼやき

2018.10.17(水)

 

カレー王判定

   

その日私は、
「全日本激辛カレー大食い選手権」
というテレビ番組の収録に選手として参加していた。

司会はなぜか滝藤賢一。

んで、「どのぐらい辛いのか?」を証明するために、
オレがステージ上に招かれる。

「うえちゃん(←いきなりなれなれしい滝藤)、
これ、ちょっと食べてみてッ!」

滝藤は、オレの激辛リアクションを期待したと思うが、
食べたカレーはまったく辛くなかった。

動揺する滝藤。
そんな滝藤を見て動揺が連鎖するオレ。
でも演技はできない。

んで、滝藤は適当に進行しはじめた。


選手権スタート!!

全員が一斉にカレーを食べる。食べる。食べる!!

オレはというと、
周りが辛がってるのに、全然辛さを感じないから、
カレーがどんどん胃の中に入っていく。

「もしかしたら優勝?」

というところで時間切れとなり、
優勝を確信したオレは、滝藤から紙片を渡される。

それを開くと…。


【大学合格可能性判定】

早稲田大学 E判定
明治大学 E判定
法政大学 D判定
東洋大学 B判定

って書いてあった。(判定に根拠はありません)


何だそれ?

って困惑した瞬間、現実の朝を迎えたのだった…。

(2018.10.17)

2018.10.16(火)

 

OKの行き着くところ

   

先日、採用っぽい現場に立ち会いました。

社長がひとこと、

「あなた、うちの会社で何がやりたいの?」

と求職者にたずねてきました。(笑顔で)

これは、志望動機や仕事観の
深浅が明確になる質問ですから、
漠然とその会社に応募した方にとっては厄介です。

んで、社長はさらに続けます。

「先日入社した社員は、
こちらが指示しないと動かないんだよなぁ…」



最近は、求人も売り手市場が定着していますから、

「こんな社長のいる会社、めんどくさッ」

って、
さっさと給与が高くてラクそうな会社の方に応募する
傾向があると思うんですけど、

「プレッシャーのない仕事」、
「自ら何かを創り出そうとしない、受身の姿勢」

その先に残されたものは、、

「『OK Google』化してしまった自分」

しかないような気がするんですね…。


それを阻止するため、
人間として生き残るためには、
リクルート創業者江副浩正さんの

「自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよ」

という言葉が、
いっそう重みを増してきている時代だと感じます。

(2018.10.16)

2018.10.15(月)

 

オレの居場所

   

「高度に情報化・自動化する社会に取り残されるオレ」
という話題を、徒然で何度も取り上げてきた。

私は間違いなく取り残される自信がある。

んで、不安が募るんだけど、
便利が極限まで行っちゃうと、
逆にアナログ人が価値を持つ時代になるかもしれない。

たとえば、自動車の自動運転。

何かのトラブルで自動運転ができなくなり、
自分で運転せざるをえなくなったとしたら…。

「誰かこの車を運転できる方いませんか!!」
『オレできるけど…』
「え!運転できるの!!スゲ――」

…ってことになるかもしれない。

さらに、
「洗濯できるの!」
「紙に漫画描けるの!」
「割り算できるの!」
「たい焼き焼けるの!」
なんてね。
んで、やってやると周りから尊敬の視線が!

ん~ん。

これ、可能性がなくはないと思うけど、
その頃自分は余裕で高齢者になってるはず。
(↑生きてたらな)

それまでに、デジタル、アナログ以外の
「第三の居場所」
を作っておく必要があるかもなぁ…。

どこにあんの?

(2018.10.15)

2018.10.11(木)

 

ネズミ対峙

   

築地市場が豊洲に移転すると、
エサを求めて大量のネズミが
銀座に移動するかもよ!!

なんともおそろしいニュースです。

捕獲するのも限度ってものがあるし、
そもそもどれだけいるかもわからない。
(たぶん想像を絶する匹数だと思う)


朝会社でこの話題になったんですけど、こーいう時、
童話「ハーメルンの笛吹き男」
みたいな人が登場して、
笛を吹きながらすべてのネズミを
築地川に飛びこませることができれば、
一気に問題は解決するのに…。


…いや、今度は河川汚染問題が起こるのか…。


ひとつの問題を解決すると、
それによって他の問題が起こる…。
一括解決策はないかもしれません。


余談

「ハーメルン…」の話を久しぶりに確認すると、
とんでもなく恐ろしい物語でした。

いや…童話ってヤバすぎです。

ハーメルンの笛吹き男

(2018.10.11)

2018.10.9(火)

 

KO自虐

   

スポーツ中継を見て
あまりに強すぎて笑ってしまったのは
おそらく初めての経験だったと思う。

ボクシング井上尚弥選手の世界戦。

計算されたたった二発のパンチで
相手選手をマットに沈める。
その間わずか70秒。

KO勝ちの可能性は極めて高いと
ほとんどの観客は思っていたはずだけど、
恐ろしいほどの衝撃的強さだった…。


「強いにも程がある」
「笑ってしまうほどの強さ」

という人が現実にいるのなら、

「弱いにも程がある」
「笑ってしまうほどの弱さ」

という人もいるはず。


…ということで、

「そういうヤツ誰かいねか(←なまはげ風に)」

って感じで思いめぐらせていくと、
脳内に自分自身の顔が描かれていくでやんの凹


またまた自虐的オチですか…。

ったく、

何回マットに沈めば強くなれるんだっての凹

(2018.10.9)

2018.10.4(木)

 

こんな話題が薩摩弁講座になるでごわすか

   

しかし、世の中にはいろんな人がいるものだ。

昨日会った人に、
「あなたは失礼な人だから名刺交換はしません」
って、初対面でいきなり拒否られる。

たとえ対峙する立場であっても、今まで
「失礼な人」っていきなり言われたことはないし、
「名刺交換を拒絶する人」っていう人にも初めて会った。


そういえば、先日亡くなった樹木希林さんは、

「逢う人すべてが先生だ」

って語っていたし、
映画評論家の淀川長治さんも、

「どんな駄作にも必ずいいところがあるんです」

って、映画愛にあふれた言葉を残している。

これはほぼ同じ意味合いのことを言っていると思うけど、
もしそれが真実だとしたら、
いきなり私を拒絶した人のどこが「先生」なのか…。


「わかりもはん」(←「西郷どん」っぽく言ってみた)


…でも、拒絶した人が私を
「間違いなく『先生』だとは思っていない」
ということだけはわかった…いや、

「わかりもすた」(←合ってる?)

(2018.10.04)